ふれあい

ようこそ水堂安福寺のホームページへ
 
水堂安福寺は、山号を日輪山といいます。開山は奈良時代の聖武天皇の御代

(726年)といわれています。
 
宗旨は「天台宗(本山比叡山延暦寺)」です。以前は法相宗でした。
 
ホームページ開設にあたり、御遠方の方には「いつかお参りしたい」、近隣

の方には「行事に参加してみたい」と感じていただければ幸いです。当山は

自然に恵まれた環境(ほとんど山林ですが)ですので、このホームページを

見ていただいて、少しでも和めることができればと思います。自然の写真を

多く掲載していくつもりです。

juuoukyou.GIFこの本は人間が死んで初七日から3回忌までの様子を物語り風に書かれています。出版は九州西教区仏教青年会です。 「地獄に落ちぬように」-やさしい十王讃嘆修善鈔-より 

四七日  五官王(ごかんおう)  [本地 普賢菩薩]
 
この王のところへ行く道に大きな河があります。これを恒江と名づけます。広さは五百里あります。その河は波静かではあるが、熱湯のように熱く、その臭いにおいは、四十里先までにおうという伊蘭の林でも喩えきれないほどです。罪人がこの河を渡りたくないと抵抗していると、すぐに獄卒が棒で突き落とします。仕方がなくて渡ると、たちまちに身体は煮えくり返って、その苦しみは大変なものです。また、鉄のくちばしのある毒虫がたくさん集ってきて、罪人の身に取りついて、吸い食らうのです。
このように七日七夜の間苦しみを受けて、その後で五官王の御前に参るのです。罪人は大王を拝んで歎いて言います。「ここまで参りました道中での大きな苦しみは大変なもので、身も心も疲れ果てました。しかしながら私が娑婆で犯した罪は、これ程までに処刑されるほどのことをやったとは思えません」と。その時大王はいか瞋っておっしゃいました。「お前は元来小因大果(しょういんだいか)という謂(いわ)れを知らなかったのか。お前の心の中では小さな罪だと思っていても、苦しみを感じる時は必ず大きくなっているのだ。それなのにお前は愚かにもここの役人を疑って恨むとは、はなはだ謂れのないことである。結局お前が一生の間に犯した悪業は一つ残らず、お前自身の身体の中に埋められてゆくのだ。それを知るための業の秤(はかり)というのがある。早く秤に懸けてみろ」と命令があります。
その時鬼たちが罪人を秤に懸けてみます。秤の重りは五十丈の大きな岩石であるのに対して、罪人の身は僅かに五尺です。これを懸け合わせてみると、何と岩は兎の毛のように軽くはね上がってしまうのです。業道は秤のようなものです。重い方へ牽(ひ)かれるの道理で、秤は必ず重い方へ傾くのです。その時牛頭(ごず)と馬頭(めず)の獄卒が罪人を指して「どうだ、どうだ」と馬鹿にするので、いよいよどうにもならないと思うのです。すぐに罪人を秤の台から取り下して「お前は恐れることもなく、悪い行ないをしながら、大王の裁きを侮り疑って、罪を認めずに罰が重すぎると苦情を云うとは、罪科に更に罪科を重ねることだ」と言って鉄の棒で百回、千回と打つので、罪人は身体が粉々になって死んでしまうのです。ところが罪を犯した報いの命なので、また生き返り再び打たれるのです。
そしてしばらくして大王がおっしゃいました「よく聞け。娑婆にいるお前の妻子がお前のために丁寧に供養する程ならば、先々の王の所に送って、善い所に生まれかわることもできるのに、お前が死んだ後は唯、我が身の生活のことだけを考えて、お前のことなど忘れてしまって、心底から供養することもない。これによってここまで苦しみ迷ってきたのだ。『妻子は後の世の怨(あだ)である』と仏様が説かれた道理を聞きながら、無益にもその時その時の欲のままに日々を過ごしたことが、今この苦しみに代ったのではないのか、どうだ。そうであるのに、恨むべきである我が身を恨まずに、死後の世界の正しい役人たちを恨むとは愚かの極みだ。お前は一日一夜を過ごす間にさえ八億四千の悪念をおこしながら、何でほんの一念の懺悔をも行なわなかったのか。そうは言いながら懺悔(さんげ)の方法についても、きっと知らなかったのであろう。それではなぜ簡単な弥陀の名号さえも唱えなかったのだ。念々称名常懺悔(ねんねんしょうみょうじょうさんげ)という教えのように、常に念仏をする人には、念仏が懺悔の功徳ともなるのである。だから懺悔する人は諸の罪が皆消えてしまうのだ。業のさわりが消えてしまえば、このような悪い場所に来る事はなかったのだ。ところが善い事をしなさいとすすめる友人を嫌って遠ざけ、悪い事をすすめる友人には好んで近づき、十悪を思うがままに犯し、その結果どの子供でも平等にあつかう、慈悲深い両親にも譬えられる仏菩薩にも捨てられ、無情にもここまで来てしまったとは何と情けないことか。しかし少しでも仏の説かれた教えと縁を結んでいたお陰であろう、地獄に落ちずにここまで来られたのである。早々にこの罪人を次の王へ渡せ」と言われました。
これ程親切な王はいらっしゃいません。こんなにまで考慮していただける事をありがたく思わなければなりません。この王の本地は懺悔する事を最もすすめられる普賢菩薩なので、そう言われるのはよくわかります。
また『華厳経(けごんぎょう)』の「普賢行願品(ふげんぎょうがんぼん)」では「どうか私の命が終ろうとする時すべての煩悩がなくなり、目の前に阿弥陀仏が見え、安楽国(あんらくこく)に往生(おうじょう)することが出来ますように」といわれています。この普賢菩薩は十地等覚(じゅっぢとうがく)の位の菩薩ですのになお、極楽に往生して阿弥陀仏に遇いたいと願われています。それ故に法華三昧(ほっけざんまい)を修行された大行禅師(だいぎょうぜんじ)に対しても「お前は一心に念仏を唱えなさい」と教えられたということです。このように示されたのも、機根が劣り煩悩に迷っている人間は、自分の力ではどうすることもできないことを悲しまれ、行ないやすい他力本願の念仏をすすめられたのでしょう。末の世の煩悩に迷う人間が、どうしてこの教えに背くことができましょうか。
その法華三昧を修行する道場では、禅定堅固(ぜんじょうけんご)でなければ仏性(ぶっしょう)は見えてこないし、華厳一心の会場(えじょう)には諸法空寂(しょほうくうじゃく)の道理がわからなければ、悟ることはできません。だから犯した罪を泣いて懺悔することもなく、過去・現在・未来という長い時間も、この一心の中にあるという観心修行(かんじんしゅぎょう)もできません。
このような生活をしていくと、死後の苦しみは避けられません。心が乱れていても浄らかでなくても、ただ念仏を唱えれば直ちに往生するという弥陀の念仏に身をまかせ、極楽浄土に往生して、そこで三諦止観(さんだいしかん)の教えを悟り、一心法界(いっしんほうかい)の道理を知るに越したことはない。このように知れば普賢菩薩のかねてからの思いにもかない、五官王の本意にもそうことです。こうして罪人は数々のおしかりを受けた後、次に閻魔大王に渡されます。

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